ripples

なんともない日

僕は父のことが苦手だ。

こちらの感情とかを汲み取ってくれなくて、ズケズケとモノを言う。0か100かみたいなところもある人。お前は社会にでたら苦労するわ…と言われた時、言われなくても分かっていると心底思った。そんなことは社会で生きていれば知っているから、父には優しい言葉をかけてもらいたかったのだ。

 


反面、父はとても人から愛される人だ。よく店員とタメ口で仲良さそうに話すから、知り合いなのかと思って聞いたら、大体初対面なのだ。くだらない冗談を言うのが好きだし、お酒も好きで親戚とお酒を飲む時にも中心にいる。ムードメーカー的存在。父と話す人の顔を眺めると心底緩んでいた気がする。田舎の気のいいおじさんそのもののような感じだ。生命力もあって、お酒を飲んだ時に弱音を吐きつつも、仕事は一生懸命にしていた。母は父を結婚相手に選んだ理由をどうなっても大丈夫な人だと思ったからだと言った。

 


家で酔った時に話す父はたまに真面目な話をしてきて苦手だった。兄妹から面倒がられていた。2人は絡まれないようにさっさ避難していたけど、僕は半分は雑談を楽しみながらいつも父に言い返し、そう思わないことは違うと言い続けた。僕と父は根本的に考え方が違っていたから、そこで分かり合える事はなくて、お前の考えてることは全くわからないとまで言われた。

 


大学を受験する頃、ある大学で小論文の試験があった。試験は上手くできなかった、準備不足が原因な事は自分でわかっていた。

車で迎えに来た父は制度に文句を言っていた。「何だ小論文って、よくわからんな試験っていうのは!!」僕はこの頃、こういう決まりきったことに不満を言う父が嫌だった。ガサツでどうにもならないことにいい加減にケチをつけているように思えた。「決まっていることだから仕方ないだろ」と言うと父は

「俺はお前の良い悪いが、そんな紙一つで判断されるのがムカつくんだ」と言った。

何もないようなフリをしたが本当は少し嬉しかった。驚いた。表面だけしか見れてないと努力していなかった自分を恥じた。

 


仕事を勝手に辞めた時、父は激怒した。

よく頑張ったなというような事は言わずに、これからどうするかということについて厳しく聞いてきた。新しく決まったいくつかの転職先についても父は納得していなかった。

結局殆ど相談していないところに行くことを決めたが、そこはブラックというレベル以上にとんでもないところで、危うく心を病みかけた。というか少し病んだ。

父は実家に帰ってこいというが、それが自分の解決になるようには思えなかったので、

社員辞めて他のところでバイトをすることにした。その後上京する機会のあった父は、先のことはしっかり考えているのかと追及の手を止めなかった。僕はリハビリのようなモノで今はこれが精一杯、先の事を考える余裕はないと言ったが、納得していなかった。

 


話をする人々の中で父だけが、僕を責めたことが嫌だったが、1番心配していることを表してもいた。それから、フリーター期間は殆ど父と会話できなかった。母とたまに連絡してすると、いつも心配そうにしている。あーいうふうにしか言えないのをわかってあげて欲しいと言われた。でもそれは理解していた。父に連絡出来ていなかったのは僕の負い目が原因だった。口でどう言っても仕方のない事だと思っていたから、環境が変わるまでは前のようには話せないと思っていた。

 


今は社員になったことでそんな父への負い目も消えて、少しずつ連絡できるようになった。この間父から急に電話がかかってきた。酔っていて、いつも悩むけどこういう時にしか連絡できないと言っていた。

仕事の話も少しはしたけど、それよりもくだらない思い出話が大半だった。楽しく嬉しかった。前のように話せた気がした。意見が違うことを楽しめていた時もあったのだと思い返すことができた。

 


自分が死んだ時に葬式どんな話をしてもらいたいかという話(明るいトーンのね)になった時、父は順番なら俺が先に死ぬから自然に言った。順番という単語を聞いた時、僕は高校生の頃の祖母の葬式を思い出した。祖母は高齢で亡くなったので、ガンではあったものの大往生と言えた。葬式自体もそんなわけなので、厳かではあるが、暗い雰囲気ではなく、父も喪主として明るく思い出話をするなどしていた。

外交的な父の側面が前面に出ていて、終始笑顔だった。ところが祖母が火葬場に運ばれる時になり、父は泣き崩れた、いろいろな言葉を祖母に向かって発した。僕も悲しくなって泣いた。父があんな風に泣くのを見たのは後にも先にもこの時だけで、死が父に与えることはこんなに悲しく辛い事なのだと思うと順番を破ることは許されないと思ったのだ。

 


それから色んなことがあり死にたいと思った時にいつも最後に助けてくれたのは精神科医自己啓発、素晴らしいどの作品、素敵な思い出や、未来への希望ではなくて、この記憶だった。あれ以上に父を悲しませたくはない。

 


僕は父のことは苦手だが、父のことがすごく好きでもある。その矛盾を愛せているから、僕はまだ息をしているのだ。